ヤマハが2025年9月下旬に発売するサウンドバー「SR-X90A」が、サウンドバーとして世界で初めてAURO-3Dに対応したことで注目されています。Dolby Atmos(ドルビーアトモス)が主流の現在に、ヤマハは敢えてAURO-3Dに対応させてきました。その理由を知るには、AURO-3Dとドルビーアトモスの違いを理解し、ヤマハの立体音響技術開発の歴史を遡ると自然と答えに辿り着きます。
AURO-3Dとは
AURO-3Dは、ベルギーのAuro Technologies社が開発した立体音響フォーマットです。その主な特徴は以下の通りです。
- チャンネルベースの立体音響: AURO-3Dは、スピーカーの配置を厳密に定めた「チャンネルベース」という方式を採用しています。具体的には、リスナーの耳の高さにある通常のサラウンドスピーカー(レイヤー1)、その上方に設置する「ハイトスピーカー」(レイヤー2)、さらに頭上に設置する「トップサラウンド」(レイヤー3)の3層構造で音場を構築します。この3層構造により、上下方向の音の移動や空間の広がりを自然に表現します。
- ハイレゾ音源に対応: 96kHz/24bitのハイレゾ音源に対応しており、より高音質での再生が可能です。
- Auro-Maticアップミキサー: ステレオ(2ch)や既存のサラウンド(5.1chなど)の音源を、立体的なAURO-3Dの音場にアップミックスする独自のアルゴリズム「Auro-Matic」が非常に優れていると評価されています。これにより、古い映画や音楽なども立体的なサウンドで楽しむことができます。
Dolby Atmosとの違い
Dolby AtmosとAURO-3Dの最も大きな違いは、音の定位をどのように実現しているかという技術的な思想にあります。
| 特徴 | AURO-3D | Dolby Atmos |
| 音の定位方法 | チャンネルベース | オブジェクトベース |
| スピーカーの位置とチャンネル(信号)が紐づいている。 | 音源(オブジェクト)に位置情報(メタデータ)を付加する。 | |
| スピーカー配置 | スピーカーを3層(下層、上層、トップ)で厳密に配置する。 | スピーカーのレイアウトは比較的柔軟。頭上(天井)スピーカーやイネーブルドスピーカーを使用。 |
| 音の表現 | 空間の広がりや反射音を重視し、自然な音場を再現する。 | 特定の音が空間内を移動する様子を精密に表現する。 |
出典:AURO-3D公式サイト
チャンネルベースであるAURO-3Dは、スピーカー配置に妥協ができないのが特徴。AURO-3Dの効果を忠実に再現したい場合、3層構造であるため多数のスピーカーが必要になる。設置のハードルも高く、オーディオ上級者向けといえる。
出典:ドルビー公式サイト
一方、オブジェクトベースのドルビーアトモスは、スピーカー配置が柔軟で初心者でも再現性が高いのが特徴。前方・後方・上方と6つのスピーカーで自分を取り囲めば、十分な3D効果を体感できる。それこそフロントだけの2スピーカーだけでも、音の移動感をそれなりに感じ取ることができる。
詳細な違い:
- Dolby Atmosは「オブジェクトベース」: 音の元となる「オブジェクト(音の塊)」に、3次元空間のどこに配置するかという位置情報(メタデータ)を付加します。再生時には、その位置情報を元に、再生環境(スピーカーの数や配置)に合わせて音をレンダリング(生成)します。これにより、スピーカーの数や配置が多少異なっても、制作者が意図した通りの音の移動や定位を再現できます。
- AURO-3Dは「チャンネルベース」: あらかじめ決まったスピーカー配置に合わせて音を収録し、それを再生します。Dolby Atmosのような柔軟性はありませんが、その反面、スタジオでの制作意図を忠実に、かつ高音質に再現できるという強みがあります。特に、空間全体の空気感や広がりを表現することに長けていると言われています。
まとめると、Dolby Atmosは「特定の音が空間内を自由に動き回る」表現に優れており、AURO-3Dは「空間全体の空気感や広がりを自然に作り出す」表現に優れている、ということができます。
ヤマハの新しいサウンドバー「SR-X90A」は、この両方のフォーマットに対応しているため、コンテンツに合わせて最適な立体音響を楽しむことが可能です。
AURO-3Dはどのようなコンテンツで楽しめる?
AURO-3Dは、その技術的な特性から、特に音楽やクラシック、ライブ映像などのコンテンツで真価を発揮すると言われています。もちろん、映画作品でも楽しめますが、それぞれに異なる魅力があります。
音楽コンテンツ
AURO-3Dの最も得意な分野の一つが音楽です。特に以下のようなジャンルでその効果を実感しやすいでしょう。
- クラシック音楽やアコースティック: 演奏会場の広さや残響、楽器の配置がリアルに再現されます。例えば、教会のパイプオルガンの響きや、コンサートホールの空気感まで感じ取ることができます。
- ライブ映像やコンサートBlu-ray: 観客の拍手や歓声が会場全体を包み込むように広がり、まるでその場にいるかのような没入感を得られます。Dolby Atmosがステージ上の特定の音の移動を表現するのに長けているのに対し、AURO-3Dは会場全体の「音の雰囲気」を創り出すのが得意です。
- 高音質を追求した音源: AURO-3Dはハイレゾ音源に対応しており、高音質での再生が可能です。そのため、オーディオマニア向けの高音質レーベル(特に北欧の「2L」などが有名)から、AURO-3DフォーマットのBlu-ray Discが多数リリースされています。
映画コンテンツ
映画でもAURO-3Dに対応した作品は存在します。
- 空間の広がりや環境音の表現: 密林のざわめき、街の喧騒、大聖堂の静寂など、空間全体の音を立体的に表現するのに長けています。これによって、映画の世界観に深く没入できます。
- Blu-ray Disc: AURO-3Dに対応した映画のBlu-ray Discも少数ながらリリースされています。
ただし、Dolby Atmosが多くの映画スタジオで採用されているメジャーな規格であるのに対し、AURO-3Dは現状、映画作品の数は少ない傾向にあります。
その他のコンテンツ
- 「Auro-Matic」によるアップミキシング: AURO-3Dの大きな強みは、既存のステレオや5.1chの音源を、立体的なAURO-3Dの音場に変換する「Auro-Matic」という機能です。これにより、AURO-3Dネイティブのコンテンツが少ない場合でも、手持ちのCDや既存のBlu-ray Discなどを、立体的なサウンドで楽しむことができます。ヤマハのサウンドバーでもこの機能が利用できるため、幅広いコンテンツでAURO-3Dの恩恵を受けることができます。
- ストリーミングサービス: 近年、一部のストリーミングサービスでもAURO-3Dに対応したコンテンツの提供が始まっています。特に、高音質オーディオに特化した「Pure Audio Streaming」というサービスが、AURO-3Dを主要なイマーシブオーディオフォーマットとして採用しています。
このように、AURO-3Dは音楽コンテンツ、特にライブやクラシックなどでその真価を最も発揮する一方で、既存の音源をアップミックスして立体的に楽しめるという強みも持っています。ヤマハのサウンドバーでこの機能が使えるのは、非常に魅力的だと言えるでしょう。
AURO-3D対応でユーザーはどのような体験が可能か?
ヤマハが新しく発売するサウンドバー「SR-X90A」が、これまでの一般的なサウンドバーが対応していたDolby Atmosに加え、AURO-3Dにも対応したことで、ユーザーは以下のような違いを体験することができます。
1. 音の空間表現の違い
- Dolby Atmos (オブジェクトベース): 音を「オブジェクト」として捉え、音の位置や動きを三次元空間上に自由に配置する方式です。これにより、雨粒が上から降ってくる様子や、飛行機が頭上を飛び去る様子など、個々の音の移動や定位をより正確に表現します。
- AURO-3D (チャンネルベース): 従来のチャンネルベースのサラウンドシステムを、高さ方向にも拡張した方式です。ベースレイヤー(耳の高さ)に加え、ハイトレイヤー(上層)の2層構造で音場を構成し、音の「包み込み感」や「自然な広がり」を重視します。コンサートホールのような、空間全体の響きや空気感を再現するのに優れているとされています。
この違いにより、ユーザーはコンテンツの種類に応じて、より没入感のあるサウンド体験を選択できるようになります。例えば、映画の特殊効果ではDolby Atmosの正確な定位感が、音楽ライブではAURO-3Dの自然な臨場感がより効果的に感じられる可能性があります。
2. 既存コンテンツのアップミックス機能の違い
AURO-3Dには、「Auro-Matic」という独自のアップミキサー機能があります。これは、従来のステレオや5.1chなどのコンテンツを、AURO-3Dの立体的な音場に拡張して再生する機能です。これにより、AURO-3Dに対応していないコンテンツでも、あたかもAURO-3Dで制作されたかのような立体的なサウンドを楽しむことができます。
ヤマハのサウンドバーでは、このAuro-Matic機能により、ライブ映像などのステレオコンテンツを、コンサートホールで聴いているかのような臨場感あふれるサウンドで体験できるとされています。
3. ハイレゾ音源への対応
AURO-3Dは、最大192kHz/24bitのハイレゾ音源に対応している点も特徴の一つです。これにより、音源そのものの持つ高精細な情報を損なうことなく、立体音響として楽しむことが可能です。
4. テレビ放送との相性が良い
サウンドバーは、テレビとセットで使うことを前提にした機器です。ヤマハの新しいサウンドバーに搭載されるAURO-3Dは、ステレオ音声を立体的なサウンドにアップミックスする機能を持っており、テレビ放送との相性は非常に良いと考えられます。
AURO-3Dのアップミックス機能とテレビ放送の相性
現在、多くのテレビ放送はステレオ音声で提供されています。ステレオは左右2チャンネルの音声情報しか持たないため、音の広がりや奥行きが限定的です。一方、AURO-3DのAURO-MATICというアップミックスアルゴリズムは、この2チャンネルのステレオ音声を解析し、奥行きや高さを含む立体的な3Dサウンドに変換します。
この機能は、サウンドバーに非常に適しています。なぜなら、テレビ番組、ニュース、スポーツ中継、バラエティ番組など、普段私たちが視聴するコンテンツの大部分がステレオ音声であるため、AURO-MATICはそれらの音声を自動的にアップグレードし、視聴体験を向上させられるからです。これにより、視聴者はまるでその場にいるかのような臨場感あふれるサウンドを楽しめます。
サウンドバーと立体音響技術
サウンドバーは、スピーカーを複数搭載していることによって、音を反射させて立体的な音場を作り出す技術が使われることがあります。これにAURO-3Dのような専用のアップミックスアルゴリズムが加わることで、限られたスピーカー数でもより効果的に立体音響を再現できるようになります。特に、AURO-3Dは「高さ」の要素を重視しているため、音に上下の広がりが加わり、より自然な空間表現が可能になります。
ヤマハの新しいサウンドバーにAURO-3Dが搭載されることは、テレビとセットで使うことが前提のサウンドバーとして、非常に理にかなった機能と言えるでしょう。
ドルビーやDTSのアップミックス機能とAURO-MATICの違い
AURO-3DにはAURO-MATICというアップミックス機能がありますが、ドルビーアトモスやDTS:Xにも、ステレオ音源を立体音響にアップミックスする機能があります。
ドルビーのアップミックス機能
ドルビーには「Dolby Surround Upmixer (DSU)」というアップミックス技術があり、ドルビーアトモス対応機器に搭載されています。これは、ステレオ(2ch)や従来の5.1ch、7.1chといったチャンネルベースの音源を解析し、ドルビーアトモスのスピーカー構成に合わせて立体的なサウンドに拡張します。特に、環境音やアンビエントな音をハイトスピーカー(天井スピーカー)に配置し、音の包囲感を向上させることに重点を置いています。
DTSのアップミックス機能
DTSには「DTS Neural:X」というアップミックス技術があります。この技術は、DTS:X対応機器に搭載されており、ステレオ音源だけでなく、従来の5.1chや7.1chといったチャンネルベースの音源も、DTS:Xのフォーマットに合わせてアップミックスします。DTS Neural:Xは、音のオブジェクトや効果音をハイトスピーカーに配置することで、より正確な音の定位と臨場感を生み出します。
AURO-MATICとの違い
それぞれの技術には、音のアップミックス方法に違いがあります。
- Dolby Surround Upmixerは、主に環境音を天井に配置することで、音の空間的な広がりや雰囲気を高めます。
- DTS Neural:Xは、音のオブジェクトや効果音を積極的にハイトスピーカーに配置することで、より明瞭な音の移動や定位感を演出します。
- AURO-MATICは、音源の成分を「direct sound(直接音)」「reflection(反射音)」「reverb(残響音)」に分解し、それぞれの音の性質に合わせて立体的に再配置することで、より自然で没入感のあるサウンドを生成することに強みがあります。
「SURROUND:AI」をサウンドバーに初搭載
ヤマハが今回発売するサウンドバー「SR-X90A」には、ヤマハのAVアンプの上位機に搭載されている「SURROUND:AI」という機能が奢られています。SURROUND:AIもアップミックスのように自動で視聴体験を向上させてくれるので、一見すると両者は似たようなものに感じますが、SURROUND:AIは、厳密にはアップミックスとは異なる、より高度な機能です。アップミックスが音声のチャンネル数を増やす「変換」であるのに対し、SURROUND:AIはコンテンツの内容をAIがリアルタイムで解析し、最適な音場効果を自動で生成する「最適化」の技術です。
「SURROUND:AI」とアップミックスの違い
- アップミックス:
- 目的: ステレオ(2ch)や従来のサラウンド音源を、ドルビーアトモスやAURO-3Dなどの立体音響フォーマットに合わせて、音の方向や高さを加えていくチャンネル変換です。
- 方法: アルゴリズムに基づいて、音声信号を解析し、音の要素を各スピーカーに割り振ります。
- 例: ステレオ音源をDolby Surround Upmixerで5.1.2chに変換する。
- 「SURROUND:AI」:
- 目的: 映画やドラマのシーン(セリフ、BGM、効果音など)をAIが自動で判別し、そのシーンに最も適した音響効果をリアルタイムで適用することです。
- 方法: ヤマハが長年培ってきたDSP(デジタル音場処理)技術とAIを組み合わせ、コンテンツの特性に合わせて音場を瞬時に切り替えます。
- 例:
- 会話シーンでは、セリフがはっきりと聞こえるように調整。
- アクションシーンでは、爆発音やBGMをよりダイナミックに表現。
- 雨のシーンでは、雨音がより立体的に聴こえるように音場を調整。
AURO-3D対応におけるヤマハの強み
ヤマハは、長年にわたりDSP(デジタル・サウンド・プロセッシング)という技術を発展させてきました。このDSPのノウハウは、AURO-3D対応のサウンドバー開発において非常に有利に働くと考えられます。
ヤマハのDSP技術とAURO-3Dの親和性
ヤマハ独自のDSP技術であるシネマDSPは、ドルビーアトモスのようなオブジェクトベースの立体音響が登場する以前から、プレゼンススピーカーを使用して音場の「高さ」と「奥行き」を表現することに注力してきました。これは、まさにAURO-3Dが採用するチャンネルベースの層構造とコンセプトが非常に似ています。

AURO-3Dは、主に床面のサラウンドレイヤー、その上にあるハイトレイヤー(高さ方向の音)、そして「ヴォイス・オブ・ゴッド(VoG)」と呼ばれるトップレイヤーで構成されます。
ヤマハがこれまで培ってきた技術は、以下の点でAURO-3Dのサウンドバー実装に貢献すると考えられます。
- 音場の再現性: ヤマハは、実際の映画館やコンサートホールの音響特性を測定し、それをDSP技術で家庭に再現するノウハウを蓄積してきました。AURO-3Dのチャンネルベースの音場を、限られた数のスピーカーでいかに忠実に再現するかという課題に対して、この経験は非常に重要です。
- 仮想的な高さ方向の表現: サウンドバーは物理的なスピーカーの数が限られているため、AURO-3Dのハイトレイヤーやトップレイヤーの音をいかに仮想的に再現するかが鍵となります。ヤマハはシネマDSPで、プレゼンススピーカーがない場合でも、既存のスピーカーを使って仮想的な音場を作り出す技術を持っています。この技術は、AURO-3Dの「高さ」方向の音を効果的に表現するために応用できるでしょう。
- 音の分離と定位: シネマDSPは、特定の音(例えばセリフや効果音)を正確に分離し、意図した場所に定位させる技術に長けています。AURO-3Dもチャンネルベースであるため、この技術は各チャンネルの音を適切に処理し、立体的な音像を構築する上で大いに役立ちます。
以上のことから、ヤマハのサウンドバーがAURO-3Dに対応することは、単なるフォーマット対応にとどまらず、長年のDSP技術の集大成とも言えるでしょう。これは、ヤマハ製品の新たな強みとなる可能性を秘めていると言えます。



